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『一流シェフのファミリーレストラン』(原題:The Bear)シーズン2 レビュー|いつだって時間がないロミオと、テイラー・スウィフトを口ずさむジュリエット

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レストラン「ザ・ベア」は次のステージへ

2022年6月にシーズン1が北米Huluで配信されるやいなや、口コミで評判が広がり熱烈なファンを生み出した『一流シェフのファミリーレストラン』(原題『The Bear』)。すでにHulu/FX史上、最も視聴されたオリジナルシリーズとなった。

7月26日より日本でもDisney+で配信開始された待望のシーズン2は、限られた時間をどう使うかという忙しい現代人にとって喫緊の課題と、愛についての物語だ。この意外な方向転換をしたシーズン2には、シーズン1になかったものすべてがある。

シーズン1では、一流シェフのカーミー(ジェレミー・アレン・ホワイト)が故郷のシカゴに帰り、自死した兄のマイケルから多大な借金を抱えたビーフ・サンドイッチ店「ザ・ビーフ」を受け継ぐ。スタッフたちが好き勝手振る舞い、厨房はカオスな状況だったが、カーミーはその確かな腕で徐々に皆の信頼を獲得し、店をなんとか立て直す。

シーズン1ではほぼ自宅と厨房の往復しか描かれなかったキャラクターたちが、シーズン2では、外の世界へ飛び出し、仕事以外の時間を過ごし、そして、レストランで働くチームではなく、ひとりの人間としての物語を紡いでいく。

*この記事は『一流シェフのファミリーレストラン』のネタバレを含みます

実存的危機に陥るリッチー

特別なスキルを持たない中年男リッチー(エボン・モス・バクラック)は、レストラン「ザ・ベア」の新装開店を前に、実存的危機に陥っている。レストランの開店を仕切るプロジェクト・マネジャーはリッチーには務まらないとして、カーミーはその役割を妹シュガーに頼む。さらに、リッチーは離婚した妻と娘との関係性を取り戻すため、娘が好きなテイラー・スウィフトのチケットを入手するため奮闘する。

シーズン2の冒頭でリッチーは呟く。「目的は何か考えたことはあるか?」打ち合わせ中のスタッフたちから離れ、彼がひとり地下にいるのが象徴的だ。カーミーは答える。「I love you, でも今は時間がないんだ」(もう一度言おう。シーズン2は愛と時間についての物語だ。) 

人生の目的はなんだろう?シーズン2を通して、レストラン「ザ・ベア」のメンバー全員が、意識的であれ無意識的であれ、これを探求することになる。その中でも、最もドラマチックな成長を遂げるのが、このシーズンがはじまった時点で一番取っ散らかった、カオスの元凶のような中年男リッチーだ。

本格イタリアンとしての新装開店を前に、レストランでの立ち位置を失うリッチー。
Photo by Chuck Hodes – © 2023, FX Networks. All Rights Reserved. 引用元

Every Second Counts 人生のカウントダウン

前シーズンに続き、今回も時間との闘いがドラマの柱となる。シーズン2を通して、背景に映るデジタル時計の光る数字が印象的だ。しかしながら、今回、「ザ・ベア」のメンバーが挑むのは、短い時間に大量の注文をさばく闘いではない。シーズン2におけるそれは、レストラン新装開店までのカウントダウンだ。この作劇上のサスペンスは、店のオープンに必要な最後の検査である、ガス漏れ点検の10秒のカウントダウンでクライマックスを迎える。

今回はラブ・ストーリーのシーズンでもある。両想いだったことを知り、カーミーが交際をはじめる幼馴染のクレアの存在は、このカウントダウンというモチーフにもう一つのレイヤーを加える。救急医療に従事する彼女は、人間の命の脆さを強く実感している。その一刻一秒を争う仕事の後、クレアはカーミーに電話をかけ、彼のことをどれだけ特別に思っているか留守電に残す。彼女は、人生の有限性を実感しているからこそ、私的な時間を大切にしようとしているように見える。

かつて一流レストランでカーミーと働いていたというルカ(ウィル・ポールター)は、厨房に「Every Socond Counts(一秒たりとも無駄にしない)」というサインを掲げている。シーズン2は、限りある人生の時間をどう使うべきかという問いを私たちに投げかける。

二人の禅マスター

シーズン2には、カーミーの知り合いの一流シェフが二人登場する。ウィル・ポールター演じるルカとオリヴィア・コールマン演じるシェフ・テリーだ。常に心を平穏に保つ、禅マスターのような彼らは、自分の時間をどう使うかという問題について、納得のいく答えを見出しているように見える。

ルカがケーキ生地をこねながらマーカスにかける言葉が、本作が全10話を通して私たちに語りかけるメッセージを端的に表している。

あるところまでいくと、技術よりも心をオープンにすることが大事になってくると思う。世界に対して、自分自身に対して、周りの人たちに対してね。

Ep. 4 ハニーデュー, 筆者拙訳

ルカがこの境地に達することができたのは、それまで自分が一番のシェフだと思っていた彼が、ある日とても敵わない同僚に出会ったからだ。(この同僚というのは後にカーミーだと分かる。)一番でなければいけないというプレッシャーから解放され、謙虚になれたからこそ、彼はあらゆることに対してオープンになれたのかもしれない。

シーズン2では、数々の豪華なカメオ出演と追加キャストに驚かされた。
© 2023, FX Networks. All Rights Reserved. 引用元

一方、シェフ・テリーは、毎日仕事はじめにマッシュルームを剥いている。リッチーは、彼女のレストランではじめの数日間フォーク磨きをさせられ、「45歳にもなって」と屈辱を感じていた。そんな彼は、この一流レストランのオーナーシェフが、マッシュルームを剥くという似たような単純作業を毎日続けていることに驚く。シェフ・テリーは言う、「意味のある時間の使い方だわ」

シェフ・テリーは、遺品整理中に、亡くなった父が書いていたノートやメモを読んだ時の話をリッチーにする。文章の最後にはいつも同じフレーズが書かれていたという。そのフレーズが何だったのか明かされることはないが、父が人生の大切な瞬間を忘れないようノートに書き付けていたことを考えると、そのフレーズは「Every Socond Counts」だったのかもしれない。

一分一秒も無駄にしたくないからこそ、シェフ・テリーは丁寧にマッシュルームを剥く。ルカは、料理以外のことにも心を開いて向き合う時間を大切にする。彼らは、一見無駄な時間が良い仕事につながることを知っている。

マーカスが転んだお爺さんを助ける意味

ルカの下で学んだマーカス、シェフ・テリーの下で学んだリッチーに、それぞれ次のような、まるで恩寵のような出来事が起きる。

マーカスはコペンハーゲンの街を散策中に、転倒したデンマーク人のお爺さんを助ける。言葉が通じないマーカスに助けられたお爺さんはハグで感謝を表す。マーカスは、ALSを患い、同じように言葉でのコミュニケーションが取れなくなった母親を長い間看病してきた。お爺さんがくれたハグは、神様がマーカスにくれたプレゼントではないだろうか。彼の献身が報われた瞬間だ。

一方、リッチーは、シェフ・テリーの店での修行の後、別れた妻と娘に対する思いにひとつ区切りをつけ、自分の新しい人生を歩みはじめる。シカゴの街で車を走らせながらテイラー・スウィフトの「Love Story」を口ずさむシーンは、シーズン2で最もエモーショナルな瞬間の一つだ。

マーカスとリッチーは、それぞれが抱える家族との問題にひとつ区切りをつけ、人生の次のステップへ足を踏み出す。その後のレストラン「ザ・ベア」での二人の活躍ぶりは、あなたが目撃した通りだ。

仕事 VS プライベート

2人の禅マスターと対照的に、カーミーは仕事とプライベートの折り合いが上手くつけられず苦しんでいる。彼は、仕事とプライベートの時間を二項対立のように捉え、良い仕事をするために、私的な時間をできるだけ削りたいと考えているところがある。

カーミーは仕事場に自分を縛り付けることを好む。最終エピソードで、彼は文字通り厨房の冷蔵庫に閉じ込められ、ついには恋人のクレアを失う。シーズン2のラストでカーミーに起きることは、ルカがマーカスに言ったのと逆のことだ。

すべての時間を厨房で過ごすこともできる。でも外の世界で過ごす時間が足りないと・・・それに周りに良い人たちがいてくれることだって、すごく助けになる。

Ep. 4 ハニーデュー, 筆者拙訳

心血を注いで準備してきたレストランのプレオープン日に、冷蔵庫に閉じ込められて働けないという状況ほど、カーミーをへこませるものはないだろう。しかもその原因が、何度もシドニーがリマインドしてくれたにも関わらず、自分が冷蔵庫の取っ手の修理を忘れていたからなのだ。自暴自棄になったカーミーは、冷蔵庫のドアの向こうにクレアがいると知らず本音をぶちまけてしまう。これを聞いたクレアはカーミーのもとを去る。

これまで、あんなくだらないことに時間を割かなかったから、自分は一流のシェフだったんだ。どんなに嬉しいことも楽しいことも、この最悪な気分に見合うだけの価値はない。人生に喜びを求めるなんて完全に時間の無駄だ。

Ep. 10 ザ・ベア, 筆者拙訳

似たもの親子

レストランのプレオープン日に母親のドナ(ジェイミー・リー・カーティス)を招待するが、これに対するシュガーの動揺から、この母親がシュガーやカーミーに与えた影響の大きさは明らかだ。これは、自死した兄にも同じことが言えるのかもしれない。

ドナがどんな精神上の問題を抱えているのか、その一端が見えるクリスマスのエピソード(Ep. 6 フィッシズ)では、彼女は食事の準備をしながらアルコールを飲み続け、自分の家族への献身が軽んじられていると嘆く。しかしながら、彼女の嘆きとは反対に、カメラは、ベルツァット一族のメンバーが皆、彼女を尊重しケアしようとしている様子を映し出す。

ドナが料理をしているキッチンでは、アラームが何度もけたたましく鳴り響く。ドナは常に時間に追われている。まるで、シーズン1で大量の注文と格闘していたカーミーのようだ。

常に時間がないと感じるのも、周りの人の愛情が受け取れないのも、突き詰めれば、彼女自身の内面の問題に起因する。今でも、メンタルヘルスの問題を抱えているドナは、レストランのプレオープンをぶち壊しにしてしまうことを恐れて、店の外から様子を窺うことしかできない。子どもたちと一緒にその特別な一日を祝うことができない。

シーズン2の最後のシーンでは、カーミーが何かまずいことを言ってクレアを傷つけたことを悟ったリッチーが、冷蔵庫の中のカーミーとドア越しに口論する。リッチーが「ドナ」と口を滑らせるところでカーミーの怒りが頂点に達するが、これは自分が母親に似ていることに気付いているからだろう。

© 2023, FX Networks. All Rights Reserved. 引用元

シーズン3はどうなる?

冷蔵庫に閉じ込められ、恋人には去られ、どん底のところでシーズン2の終わりを迎えたカーミーは、きっとシーズン3で本格的に自分の内面の問題と向き合うことになるだろう。次は、シーズン2で人として大きく成長し、ルカやシェフ・テリーの精神を受け継いだマーカスやリッチーが、カーミーに手を差し伸べる番なのかもしれない。

どうすればこの禅マスターたちのように、心の平穏を得て、仕事と私的な時間が統合された理想的な状況を作り出せるのか。そのヒントとなるのが、シーズン2で最も大きな飛躍を遂げたリッチーが口ずさむ、テイラー・スウィフトの「Love Story」だ。

テイラー・スウィフトを口ずさむ救世主

シーズン2は、愛の物語でもあるとはじめに書いた。引用されるテイラー・スウィフト「Love Story」に込められた意味は多層的だ。まず、この曲はロミオとジュリエットが結ばれる幸せな瞬間を歌っているが、その後彼らが辿った悲劇的な運命を思うと、リッチーと元妻が行き着いたひとつの関係性の終わりを示唆する曲であり、そしてカーミーとクレアの別れを予感させる曲でもある。

また、シーズン2は、カーミーとリッチーの間にある親愛の情にもスポットライトを当てる。このシーズンは、(はじめに書いた通り)カーミーからリッチーに対する「I love you」という言葉にはじまり、最終エピソードでは、反対に、リッチーが冷蔵庫に閉じ込められたカーミーに「I fxxking love you」と繰り返しシャウトする。

5年前のクリスマスを描いたエピソード(Ep. 6 フィッシズ)からも、昔からカーミーとリッチーが親しい友人であったことは明らかだ。しかし、リッチーがカーミーに対する愛情を素直に表現することはなく、いつだって悪態をついてきた。そんな彼が、喧嘩の勢いとは言えカーミーに「I fxxking love you」とまっすぐに言えたのはなぜだろう。その答えは、テイラー・スウィフトの歌詞の中にある。

It’s a love story, baby, just say yes

“Love Story” by テイラー・スウィフト

ただイエスと言えばいい。リッチーは、自分の心の声に素直になった。つまり、人生の目的を見つけるまでの道程で彼が学んだのは、他人にどう見られるかに関係なく、自分の心の声に従うことだ。娘との距離を縮めるために聴いていたテイラー・スウィフトだったが、あの最高にエモーショナルなドライブシーンで、リッチーは「Love Story」を自分のために歌っている。あの歌は、彼がありのままの自分を愛せるようになった証なのだ。

自分を愛せなければ、他者を愛せない

ル・ポール, ドラァグ・クイーン

カーミーが自分を愛せるようになるまで、クレアとカーミーが対等なパートナーになることはあり得ない。かつての同僚のルカと違い、常にトップを走り続けてきたカーミーだからこそ、他者からの客観的な評価でしか自分を肯定できなくなってしまった。今の彼に足りないのは、世間からの評価に関係なく、ありのままの自分を愛することだ。

すでに待ちきれないシーズン3でカーミーの救世主となるのは、やはり、このテイラー・スウィフトを口ずさむ中年男なのではないか。

★『一流シェフのファミリーレストラン』シーズン1&2は、Disney+にて好評配信中

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